祖父の想いを胸に、日本でKYOJO CUPに挑む17歳 チコンテ選手
女性限定レースKYOJO CUP(以下、KYOJO)。
ブリヂストンは、モータースポーツを通じたDE&Iや女性活躍の場の創出支援を通じ、モータースポーツ文化の発展に貢献することを目的に、2025年シーズンから協賛を開始しています。
サポート2年目となる今シーズンは、海外からの参戦ドライバー5名を含む総勢20名がエントリー。また、昨シーズンからハイブリッドフォーミュラマシンが導入され、よりハイスピードかつ高度なテクニックが求められるレースとなったことで、グローバルにも注目を集めています。
ブリヂストンは、モータースポーツを通じたDE&Iや女性活躍の場の創出支援を通じ、モータースポーツ文化の発展に貢献することを目的に、2025年シーズンから協賛を開始しています。
サポート2年目となる今シーズンは、海外からの参戦ドライバー5名を含む総勢20名がエントリー。また、昨シーズンからハイブリッドフォーミュラマシンが導入され、よりハイスピードかつ高度なテクニックが求められるレースとなったことで、グローバルにも注目を集めています。
今シーズン注目を集めているのが、新たに参戦したオーストラリア出身・17歳のジョアンヌ・チコンテ選手。開幕戦で2位表彰台を獲得した彼女は、レース後、父・ロバートさんとともにブリヂストン本社を訪れ、Global CEOの森田さんらと面談しました。そして、KYOJOという女性だけのレースで戦うことの意味、さらにブリヂストンとの特別な縁について語ってくれました。
国境を越えた挑戦
森田さん 初参戦にもかかわらず、開幕戦での2位表彰台獲得おめでとうございます。女性同士で戦うKYOJOについてどのように感じていますか?
チコンテ選手 女性レーサーが集まる日本で最も競争の激しいレースだと感じています。戦い方や駆け引きのコツなど、学ぶことも多く、毎レースが刺激的です。男女混合レースだと、体格差によって生まれるパワーの違いから常に追い抜きを狙って忙しい展開となりがちですが、KYOJOは男女間のハンデがない分、展開がスマートで戦略的な印象です。相手を見ながら自分のペースでレース運びを組み立てていくKYOJOは、ドライバーとして成長できる素晴らしい環境です。
チコンテ選手 女性レーサーが集まる日本で最も競争の激しいレースだと感じています。戦い方や駆け引きのコツなど、学ぶことも多く、毎レースが刺激的です。男女混合レースだと、体格差によって生まれるパワーの違いから常に追い抜きを狙って忙しい展開となりがちですが、KYOJOは男女間のハンデがない分、展開がスマートで戦略的な印象です。相手を見ながら自分のペースでレース運びを組み立てていくKYOJOは、ドライバーとして成長できる素晴らしい環境です。
チコンテ選手 何より練習や予選、レースで毎回トップ3の顔触れが変わるという事実が、KYOJOの激しさを物語っていると思います。車両・タイヤともイコールコンディションで戦うからこそ、コンマ1秒のブレーキタイミングやアクセルの踏み方など、操作や判断の差で順位が大きく変わります。刻々と変化する路面温度、アタックのタイミングなど、全てがかみ合わなければ勝てない、非常にレベルの高いレースです。
やってみたい!から始まった9歳の少女の物語
森田さん 9歳の頃からカートを始めたと聞きましたが、最初にレースに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
チコンテ選手 元々弟がカートをやっていて、あまりにも楽しそうだったので、9歳の時にふと「私もやってみたい」と感じたのがきっかけです。それ以来、完全にレースの世界に恋に落ちました。車を操る感覚、体で感じるスピード、レースの空気感など、モータースポーツは本当に魅力的な世界です。
ロバートさん 最初に彼女が乗りたいと言ってきた時は「まぁ、すぐ飽きるだろうな」とあまり真剣に受け止めていませんでしたが、毎日しつこくせがんでくるので、根負けして一度乗せてみることにしたんです。そうしたらコースアウトすることなく、弟よりも速いラップタイムで走ったんです(笑)。そこから彼女のレーサーとしてのキャリアが始まりました。
チコンテ選手 初めてカートを運転した時、わくわく感と緊張で震えていたことを今でも覚えています。私が参戦してきたレースの世界は、常に大きな男の子たちが相手で、ドライバーもメカニックも男性中心の世界でした。それでも、速いタイムを出して、コース上で実力を磨いていけば性別は関係ありません。草の根スポーツとしてのカートが私を強くしてくれましたし、そこにはいつもブリヂストンのタイヤがありました。
チコンテ選手 元々弟がカートをやっていて、あまりにも楽しそうだったので、9歳の時にふと「私もやってみたい」と感じたのがきっかけです。それ以来、完全にレースの世界に恋に落ちました。車を操る感覚、体で感じるスピード、レースの空気感など、モータースポーツは本当に魅力的な世界です。
ロバートさん 最初に彼女が乗りたいと言ってきた時は「まぁ、すぐ飽きるだろうな」とあまり真剣に受け止めていませんでしたが、毎日しつこくせがんでくるので、根負けして一度乗せてみることにしたんです。そうしたらコースアウトすることなく、弟よりも速いラップタイムで走ったんです(笑)。そこから彼女のレーサーとしてのキャリアが始まりました。
チコンテ選手 初めてカートを運転した時、わくわく感と緊張で震えていたことを今でも覚えています。私が参戦してきたレースの世界は、常に大きな男の子たちが相手で、ドライバーもメカニックも男性中心の世界でした。それでも、速いタイムを出して、コース上で実力を磨いていけば性別は関係ありません。草の根スポーツとしてのカートが私を強くしてくれましたし、そこにはいつもブリヂストンのタイヤがありました。
家族がつないだブリヂストンとの特別な絆
森田さん お祖父さんがブリヂストンオーストラリアで働かれていたと聞きました。
チコンテ選手 そうなんです。私がカートでブリヂストンのタイヤに出会う以前から、私たち家族とブリヂストンの物語は始まっていたんです。
ロバートさん チコンテの祖父・コジモは、ブリヂストンオーストラリアのダンデノン工場で働いていました。1971年から引退する1992年までの21年間、精練工程で働いていて、これはブリヂストンがオーストラリアでビジネスを始めた時だったと聞きました。※1そして、時を経て、孫であるチコンテがブリヂストンのタイヤでレースをしていることを考えると、特別な縁だなと感じます。
森田さん 初めてご家族のお話を聞いた時には、この特別な縁にとても感動しました。お祖父様が働いていたダンデノン工場とは異なりますが、アデレードにタイヤ工場がありました。残念ながら2010年に閉鎖され、工場跡地を地元に返還し、現在は子どもたち向けの運動施設「ブリヂストンアスレチックセンター」として生まれ変わっていますが、2023年にBSAPICのCEOとして現地を訪問した際に、市長から「Thank You」と刻まれた美しいプレートを頂きました。工場の閉鎖は誰にとってもつらく厳しい決断でありましたが、15年の時を経た今も大変美しく管理され、そこにたくさんの子どもたちの笑顔があることは非常にうれしいことでした。そして地元の方から感謝の言葉を頂いたことは、私にとっても特別な瞬間で、オーストラリアは私にとっても思い出深い国の一つになりました。
チコンテ選手 そうなんです。私がカートでブリヂストンのタイヤに出会う以前から、私たち家族とブリヂストンの物語は始まっていたんです。
ロバートさん チコンテの祖父・コジモは、ブリヂストンオーストラリアのダンデノン工場で働いていました。1971年から引退する1992年までの21年間、精練工程で働いていて、これはブリヂストンがオーストラリアでビジネスを始めた時だったと聞きました。※1そして、時を経て、孫であるチコンテがブリヂストンのタイヤでレースをしていることを考えると、特別な縁だなと感じます。
森田さん 初めてご家族のお話を聞いた時には、この特別な縁にとても感動しました。お祖父様が働いていたダンデノン工場とは異なりますが、アデレードにタイヤ工場がありました。残念ながら2010年に閉鎖され、工場跡地を地元に返還し、現在は子どもたち向けの運動施設「ブリヂストンアスレチックセンター」として生まれ変わっていますが、2023年にBSAPICのCEOとして現地を訪問した際に、市長から「Thank You」と刻まれた美しいプレートを頂きました。工場の閉鎖は誰にとってもつらく厳しい決断でありましたが、15年の時を経た今も大変美しく管理され、そこにたくさんの子どもたちの笑顔があることは非常にうれしいことでした。そして地元の方から感謝の言葉を頂いたことは、私にとっても特別な瞬間で、オーストラリアは私にとっても思い出深い国の一つになりました。
ロバートさん オーストラリアでもブリヂストンは特別なブランドで、唯一無二の存在です。開幕戦でモータースポーツ担当者と話すなかで「父がブリヂストンの精練工程で働いていた」という話から「バンバリー」という単語が出てきたんです。その言葉を何十年ぶりに聞いた瞬間、父についての色んな記憶があふれ出てきました。私たち家族とブリヂストンの間に特別な絆があるということを、ありがたく、誇りに感じています。そしてこれからも一緒にレースを戦っていきたいと心から願っています。
チコンテ選手 祖父から始まった特別な絆を改めて誇りに思います。日本の地でブリヂストンのタイヤとともに活躍していること、そして、こうしてGlobal CEOである森田さんにお会いできたということを、祖父もきっと天国から喜んで見守ってくれているはずです。
※1 1980年、ユニロイヤル社がオーストラリアに保有する持ち株会社ユニロイヤルホールディングス社をブリヂストンが買収。コジモ氏は1971年から同社工場の精練工程に勤め、1992年に引退するまでスーパーバイザーとして貢献した
※2 現在は「SUPERCAT」として、オーストラリアやニュージーランドなどのオセアニア地域を中心に販売中
※1 1980年、ユニロイヤル社がオーストラリアに保有する持ち株会社ユニロイヤルホールディングス社をブリヂストンが買収。コジモ氏は1971年から同社工場の精練工程に勤め、1992年に引退するまでスーパーバイザーとして貢献した
※2 現在は「SUPERCAT」として、オーストラリアやニュージーランドなどのオセアニア地域を中心に販売中
モノづくりの現場で感じる祖父の足跡と「最高の品質」
後日、第2戦を終えたチコンテ選手とロバートさん、同じくKYOJOドライバーのケルシー・ピンコウスキー選手が東京・小平の開発工場を訪問しました。
KYOJOで使用されるタイヤの製造現場を見学した両選手は、技能員の皆さんが品質にこだわり、心を込めてタイヤを作っている姿に大きな感銘を受けたと語ります。
また、チコンテ選手は、見学中には祖父・コジモさんがかつて働いていた精練工程にも立ち寄り、その場の空気や音、匂いを全身で感じる貴重な時間となりました。工場の方々からは、コジモさんへの感謝を込めたフォトフレームが贈られ、親子で涙ぐむ場面もありました。
KYOJOで使用されるタイヤの製造現場を見学した両選手は、技能員の皆さんが品質にこだわり、心を込めてタイヤを作っている姿に大きな感銘を受けたと語ります。
また、チコンテ選手は、見学中には祖父・コジモさんがかつて働いていた精練工程にも立ち寄り、その場の空気や音、匂いを全身で感じる貴重な時間となりました。工場の方々からは、コジモさんへの感謝を込めたフォトフレームが贈られ、親子で涙ぐむ場面もありました。
世界を目指して。チコンテ選手が描く未来
Arrow編集部 ここまでの戦いを振り返って、どのような感触を持っていますか?
チコンテ選手 第1戦は2位表彰台を獲得できましたが、第2戦は後方から追い上げる展開となって4位でした。ですが、年間を通してポイントを獲得し続けることが一番重要なので、もっと強くなって良い走りをしたいと思います。そして何よりブリヂストンのタイヤへの信頼が、常に私のパフォーマンスを支えてくれています。
Arrow編集部 チコンテ選手が「レーサー」として描く夢はなんでしょうか?
チコンテ選手 私の究極の夢は、「オーストラリア人で初めての女性Formula 1®ドライバー」になることです。昨年はF1アカデミーTM※3に参戦していましたが、KYOJOでの経験を活かして、もっと世界に挑戦していきたいです。そして女性ドライバーがもっと活躍できる社会を作っていきたいです。そのために、今はブリヂストンのタイヤとともにKYOJOで活躍することができればと思っています。ぜひ皆さんにも応援していただけたらうれしいです!
Arrow編集部 素晴らしい夢ですね!チコンテ選手の活躍を応援しています!
KYOJO CUPは女性ドライバーの活躍の機会を創出しており、モータースポーツを持続的なものにするために、2025年からブリヂストンがその挑戦を後押ししています。
近い将来、女性が当たり前に活躍できる世界を実現し、世界中の女性が憧れる舞台にするべく、ブリヂストンはKYOJO CUPを応援し続けます。
※3 2023年発足。女性ドライバーの発掘、育成、そしてモータースポーツの最高峰へと導くことを目的とした、女性限定のシングルシーター・レーシングシリーズ
チコンテ選手 第1戦は2位表彰台を獲得できましたが、第2戦は後方から追い上げる展開となって4位でした。ですが、年間を通してポイントを獲得し続けることが一番重要なので、もっと強くなって良い走りをしたいと思います。そして何よりブリヂストンのタイヤへの信頼が、常に私のパフォーマンスを支えてくれています。
Arrow編集部 チコンテ選手が「レーサー」として描く夢はなんでしょうか?
チコンテ選手 私の究極の夢は、「オーストラリア人で初めての女性Formula 1®ドライバー」になることです。昨年はF1アカデミーTM※3に参戦していましたが、KYOJOでの経験を活かして、もっと世界に挑戦していきたいです。そして女性ドライバーがもっと活躍できる社会を作っていきたいです。そのために、今はブリヂストンのタイヤとともにKYOJOで活躍することができればと思っています。ぜひ皆さんにも応援していただけたらうれしいです!
Arrow編集部 素晴らしい夢ですね!チコンテ選手の活躍を応援しています!
KYOJO CUPは女性ドライバーの活躍の機会を創出しており、モータースポーツを持続的なものにするために、2025年からブリヂストンがその挑戦を後押ししています。
近い将来、女性が当たり前に活躍できる世界を実現し、世界中の女性が憧れる舞台にするべく、ブリヂストンはKYOJO CUPを応援し続けます。
※3 2023年発足。女性ドライバーの発掘、育成、そしてモータースポーツの最高峰へと導くことを目的とした、女性限定のシングルシーター・レーシングシリーズ
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尚、投稿者につきましては、管理者でも特定できない仕様になっております。