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バラつきのないシンプルなモノづくりが価値の連鎖を生み出す(後編)

 乗用車用タイヤの生産拠点である(株)ブリヂストン彦根工場。ブリヂストンがデミング賞を受賞した1968年に操業を開始し、「デミング・プラン」起点の「改善力」をベースに「匠の力」を向上させてきた。今ではその「匠の力」にデジタル技術を掛け合わせ、バラつきのないシンプルなモノづくりを磨き上げ、そこから波及したさまざまな取り組みが、想定以上の価値を創出しているというのだ。ただ、そこまでの道のりは決して一筋縄ではいかなかったという――。後編では、「彦根モデル」が定着し、「シン・彦根モデル」に進化を遂げ、今に至るまでの道のりを従業員たちと共に振り返る。
【お話を伺った彦根工場のみなさん】
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(株)ブリヂストン 彦根工場 工場長 中村 真人さん     

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BCMA・G&S推進技術部 技術課 大熊 慎太朗さん     

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製造部 製造第1課 圧延・才断・ビード係 主任 今村 英明さん

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製造部 製造第3課 第3成型係 職長 白橋 優也さん     

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製造部 製造第3課 第3成型係 汐満 純奈さん        

「彦根モデル」が定着し、“シンプル”なモノづくりへ

 「彦根モデル」が定着した後も改善活動は止まらない。モノづくり改善の基本であるムダ・ムリ・ムラに着目し、彦根工場では継続的に改善が続けられた。その一例が、先行生産の廃止だ。これまで材料工程では、成型工程で部材不足が起こらないよう、生産計画以上の部材を供給する先行生産が当たり前となっていた。そこに工場長として2022年に着任したばかりの中村さんは違和感を覚えたという。「工場内を巡回している際、置き場を埋め尽くすほどの中間在庫を見つけ驚きました。『彦根モデル』が確立し、バラつきのないモノづくりに向けた改善が進んだ今が先行生産をやめて中間在庫を削減する最良のタイミングだと思いました。当たり前を見直すチャンスでしたね」。

先行生産が当たり前だった頃、通路にはみ出すほど台車で埋め尽くされていた

 先行生産をやめることに最初は不安視する声もあったが、それ以上にメリットが多かったという。「部材は保管期間が長くなると劣化します。それによって手直しなどの余計な手間が発生したり、最悪の場合、廃棄したりしていたんです。部材の品質が上がった今だからこそ、必要なものを必要な時に必要な分だけつくるシンプルなモノづくり体制へ切り替えようと、主任たちも『彦根モデル』を確立させた成功体験を基に最終的に納得してくれました」。
 今村さんをはじめ、工程の主任たちは生産のあり方を見直していった。部材が劣化しない最適なリードタイムで次の工程にバトンタッチできるよう、材料工程全体で議論した。“必要なものを、必要な時に、必要なだけ” 部材供給するために、部材の生産指令量と生産実績の差異を新たな管理項目として設定した。この管理項目のバラつきを制御することで、ムダ・ムリ・ムラがなくなり、リードタイムが短縮され、台車800台分の中間在庫を削減することに成功。その結果、部材置き場は見違えるほどスッキリとし、台車で埋め尽くされていたスペースは安全な職場環境の確保にもつながった。さらに、当初は中間在庫削減を目的としていたが、良い部材をタイムリーに供給できたことで、成型工程において部材起因での手直しがなくなり、生産性の向上にもつながったのだ。
 全体最適を意識し、モノづくり改善の基本であるムダ・ムリ・ムラに着目して改善した結果、製造のシンプル化を実現した。

シンプルなモノづくり体制を確立したことで、中間在庫がなくなり、部材置き場と化していたスペースは広々とした作業スペースに

新たに生まれた作業スペースでは、工程間をまたいだメンバーで現場に集まり、現物を見ながら改善点を議論できるようになった

シンプルなモノづくりによって空いた時間を改善活動や人財育成に

 シンプルなモノづくりが定着することで、生産性は大きく向上した。生産指令に対して必要とされる時間だけで生産ができるようになり、基準外の残業も減った。それだけでなく、空いた時間を改善活動、人財育成、3Sなどに充てる班が現れた。
 改善活動に励んだ1人、「EXAMATION」を操作する技能員の汐満さんは、部材を運搬・セットする作業の省力化に取り組んだ。「部材を巻き付けたリールは最大で800キロと非常に重く、これまでは男性社員が当たり前のように運搬を担当していました。この当たり前も変えていくべきなのではと感じ、白橋さんに相談したんです。それに私自身負けず嫌いで、やれることは自分の力でやりたくて」。
 汐満さんと白橋さんはアイデアを出し合い、2種類の装置を新たに開発することに。800キロのリールは1キロの負荷で運べるようになるなど、大幅な軽労働化を実現した。さらに「EXAMATION」に部材をセットする作業時間も大幅に縮小でき、「作業の安全性を高め、男女関係なく誰もが働きやすい職場へ近づくことができたのは、当たり前を見直したから。自分にとっても、工場にとっても良い効果が出せたと実感しました」と汐満さんたちは振り返る。
 シンプルな生産による成果が多岐にわたって波及し、その効果も大きくなることを彦根工場のみんなが実感したのだった。

“シン・彦根モデル”としてグローバルへ展開・波及

価値の連鎖による効果増幅

 まるで波紋が広がるようにモノづくり改革は進んできた。働く技能員たちのマインドも変化し、挑戦することに前向きになっている。しかし、「決して難しいことを成し遂げたわけではないんです」と、大熊さんや今村さん、白橋さん、そして汐満さんは口を揃える。「バラつきを減らす、より良い品質を目指して改善すること自体、全ての工場が取り組んでいること。私たちも『デミング・プラン』に基づいてシンプルなモノづくりをひたすらに追求してきただけなんです。工程内はまだまだ改善できるポイントがたくさんあります。彦根工場全体を、もっともっと変えていきたいんです」と前を向く。シンプルなモノづくりを目指し、気付けば工場のあらゆる場所で当たり前が見直されるようになっている。
 「工程全体の改善活動が連携・連動していった結果、製品不良率は19年対比3割減、さらに無災害継続日数が大幅に伸び、安全性の向上や働きやすい職場づくりなど、SEQCD全体の底上げまで価値が連鎖しています。想像以上の変化でした」と、工場長の中村さんは話す。「こうしたバラつきのないモノづくりによる製造のシンプル化に加え、マネジメントもシンプルにし道筋を立て後押しすることで価値を連鎖させていくことを私たちは『シン・彦根モデル』と呼んでいます。『シン』には、『新』や『進化』、モノづくりのシンプル化という意味での『シンプル』、原理原則に基づき、モノづくりの本質を追求するという意味での『真(原理原則)』『芯(本質)』、などといった多くの意味が含まれています。こうして一人ひとりが自律し、価値に気づき、そこから連携・連動・連鎖することで、今後さらなる価値を創出していけると思います」。
※ SEQCD  Safety(安全・防災)、Environment(環境)、Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)

当たり前を見直し、より良くするために標準をアップデートしていくことも大切だと話す彦根工場長の中村さん

「BCMA」との親和性も高い「シン・彦根モデル」

 「シン・彦根モデル」はシンプルなモノづくりという点において、モノづくり基盤技術「BCMA」との親和性も高いと工場長の中村さんは言う。「BCMAの考えは、商品間でモジュールを共用し、開発や生産をシンプルにすること。『シン・彦根モデル』は製造を起点に生産をシンプル化し、モノづくり力をさらに向上させることです。波紋のように起きた価値の連鎖を実感したからこそ、データを活用した工程全体の改善の考え方と、連携・連動・連鎖で好循環が生まれることを他の工場にもグローバルにも浸透させたいという思いがあります」。
 より良いモノづくりに終わりはない。彦根工場のモノづくり改革はまだまだ続いていく。
 モノづくりの本質を追求することで、価値の創出が連鎖していく「シン・彦根モデル」を、今後グローバルへ展開し、モノづくりを次のレベルへと進化させていくブリヂストン。展開時のコミュニケーションツールとして、BRIDGESTONE DESIGN・CI管理部 上席研究主幹の酒本さんがロゴ制作を担当しました。このロゴの形に込められた意味や想いについて、酒本さんにお話を伺いました。

ロゴ制作を担当した酒本さん

ロゴの形について

 「シン・彦根モデル」の「シン」には、「新」「進化」「シンプル」「真(原理原則)」「芯(本質)」などといった多くの意味が含まれています。これらを1つの形で表現するのは難しいため、グローバルで活用するロゴでありながら、あえてカタカナをそのまま生かしたデザインとしました。

カタカナの「シン」の形が生かされている

 また、カタカナの形を生かしつつ、改善の連鎖が波及し、つながっていく「動き」を表現するため、抽象化した「波・波紋」のパタンをモチーフにしています。

モチーフにされている波紋

 これにより、標準を向上させ、その進化がタイヤの品質に留まらずSEQCD全体に波及し、好循環が生まれていくことを表現しています。最後に、赤と黒の点と線は、現場力と技術力といった2つの要素を表現しています。現場で培われてきた「匠の技」が「先端技術」で波となり、究極の「円」につながるイメージを表現したものとなっています。ブリヂストンのモノづくりを支えていく活動のシンボルとして幅広く活用されることで、グローバルでのモノづくり力向上に貢献できるとうれしいです。

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