日常であり特別な場所 石橋文化センター
1956 年、ブリヂストン創立25 周年を記念して、創業者石橋 正二郎から久留米市に寄贈された石橋文化センター。
石橋 正二郎は事業を通じた社会への貢献だけでなく、戦後復興期の明るい社会づくりと久留米の発展、近代的文化都市建設の一端に寄与することを願いこの施設を寄贈しました。今回は、「世の人々の楽しみと幸福(しあわせ)の為に」の理念のもと、70年にわたり久留米の象徴として親しまれてきた石橋文化センターをご紹介します。
石橋 正二郎は事業を通じた社会への貢献だけでなく、戦後復興期の明るい社会づくりと久留米の発展、近代的文化都市建設の一端に寄与することを願いこの施設を寄贈しました。今回は、「世の人々の楽しみと幸福(しあわせ)の為に」の理念のもと、70年にわたり久留米の象徴として親しまれてきた石橋文化センターをご紹介します。
久留米の芸術文化の中心へ
福岡県久留米市にある石橋文化センターは、1956年、ブリヂストン※1創立25周年記念事業の一環として、石橋 正二郎から久留米市に寄贈されました。多くの人々がバラック住まいで生活に追われていた時代、「人は生き甲斐を持つことが何より大切で、それは文化の発展によってもたらされるもの」と考え、「世の人々の楽しみと幸福の為に」という言葉と共にこの施設を贈りました。
美術館、50mプール、野外音楽堂などを備え、戦後の久留米に美術・スポーツ・音楽の場をもたらす、まさに夢のような場所でした。初年度は当時の久留米市の人口約14 万人を大きく上回る約56万5,000人が来場するなど、その存在の大きさを物語っています。
時代が進み、地域に体育館や競技場などの公的施設が整備されると、石橋文化センターはより文化・芸術に特化した役割を担うようになり、1963年に石橋文化ホール・石橋文化会館、1972年に日本庭園、1978年に久留米市民図書館が整備されました。
時代の変化と共に石橋文化センターも変化を重ね、「市民の憩いの場」「文化芸術の拠点」として、常に久留米市民に寄り添った存在であり続けています。
※1 当時、ブリヂストンタイヤ株式会社
美術館、50mプール、野外音楽堂などを備え、戦後の久留米に美術・スポーツ・音楽の場をもたらす、まさに夢のような場所でした。初年度は当時の久留米市の人口約14 万人を大きく上回る約56万5,000人が来場するなど、その存在の大きさを物語っています。
時代が進み、地域に体育館や競技場などの公的施設が整備されると、石橋文化センターはより文化・芸術に特化した役割を担うようになり、1963年に石橋文化ホール・石橋文化会館、1972年に日本庭園、1978年に久留米市民図書館が整備されました。
時代の変化と共に石橋文化センターも変化を重ね、「市民の憩いの場」「文化芸術の拠点」として、常に久留米市民に寄り添った存在であり続けています。
※1 当時、ブリヂストンタイヤ株式会社
日常であり特別な場所
石橋文化センターは日本庭園と西洋庭園の違った顔を持つ庭園を有し、そこには約400種類のバラをはじめ梅や椿、桜、花菖蒲など季節のさまざまな草花が咲き誇っており、70年にわたって地域住民の安らぎや憩いの場となっています。また、春の花まつりや夏祭り、アートフェスティバルなど年間を通して行われる催しも魅力のひとつで、2025年冬季に初めて開催されたイルミネーションには約2万2,000人もの来場がありました。
時には成人式などの記念日の前撮りなど、特別な時間を彩る場としても親しまれており、石橋文化センターは芸術文化の拠点としてだけでなく、地域住民の日常と特別な記念の場所として寄り添い続けています。
時には成人式などの記念日の前撮りなど、特別な時間を彩る場としても親しまれており、石橋文化センターは芸術文化の拠点としてだけでなく、地域住民の日常と特別な記念の場所として寄り添い続けています。
日本庭園
日本庭園と西洋庭園が融合した造りとなっているこの庭園は、造園が趣味だった石橋 正二郎が自ら設計し、1972年5月に完成。第1期工事が完成した1971年5月14日に行われた寄贈式にも出席。これが生前最後の帰郷となった。
「楽山愛水」の揮毫を残し「楽水亭」と名付けられたカフェ&ギャラリーショップは、今も訪問者の休憩処として親しまれている。
日本庭園と西洋庭園が融合した造りとなっているこの庭園は、造園が趣味だった石橋 正二郎が自ら設計し、1972年5月に完成。第1期工事が完成した1971年5月14日に行われた寄贈式にも出席。これが生前最後の帰郷となった。
「楽山愛水」の揮毫を残し「楽水亭」と名付けられたカフェ&ギャラリーショップは、今も訪問者の休憩処として親しまれている。
久留米市美術館
1956年に石橋文化センターの中核施設として石橋美術館が開館。
青木 繁や坂本 繁二郎など地元ゆかりの画家の名品を常設展示し、「いつでも名品に会える」美術館として地域住民に親しまれていた。
2016年に美術館の運営が石橋財団から久留米市に移行され、久留米市美術館として開館してからは、年4回程さまざまなジャンルの展覧会を開催。2026年は久留米市美術館開館10周年を記念し、アーティゾン美術館の新収蔵作品を中心としたコレクション展を開催し、青木 繁の「海の幸」などの名品が里帰りしている。
1956年に石橋文化センターの中核施設として石橋美術館が開館。
青木 繁や坂本 繁二郎など地元ゆかりの画家の名品を常設展示し、「いつでも名品に会える」美術館として地域住民に親しまれていた。
2016年に美術館の運営が石橋財団から久留米市に移行され、久留米市美術館として開館してからは、年4回程さまざまなジャンルの展覧会を開催。2026年は久留米市美術館開館10周年を記念し、アーティゾン美術館の新収蔵作品を中心としたコレクション展を開催し、青木 繁の「海の幸」などの名品が里帰りしている。
記念式典でブリヂストン吹奏楽団久留米が懐かしの演奏を披露
4月26日に70周年を迎えた石橋文化センター。4月25・26日に開催された、石橋文化センター開園70周年記念フェスティバルでは、ブリヂストン吹奏楽団久留米が特別演奏を行いました。
石橋文化センター開園時のパレードでも演奏したブリヂストン・マーチや、1972年の日本庭園第2期工事完成時に行ったパレードを再現した演奏を披露し、石橋文化センターの節目に花を添えました。
石橋文化センター開園時のパレードでも演奏したブリヂストン・マーチや、1972年の日本庭園第2期工事完成時に行ったパレードを再現した演奏を披露し、石橋文化センターの節目に花を添えました。
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