「仁」の心が育てた医者の街 久留米大学100年への歩み
創業の地・久留米にある久留米大学。2028年に創立100周年を迎える同校は、ブリヂストン創業者石橋 正二郎が設立に深く関わり、およそ1世紀にわたり久留米の医療文化の象徴として重要な役割を果たしてきました。
今回は、久留米大学の内村 直尚理事長 兼 学長に、久留米大学の歴史や久留米の地で果たす役割、そして創業者の志がどのように受け継がれているのかを伺いました。
今回は、久留米大学の内村 直尚理事長 兼 学長に、久留米大学の歴史や久留米の地で果たす役割、そして創業者の志がどのように受け継がれているのかを伺いました。
学校法人 久留米大学 理事長 兼 学長
内村 直尚さん
2026年1月1日より現職。一般社団法人 日本睡眠学会理事長と一般社団法人 日本睡眠協会理事長も務める。
医師不足の危機を救った、 石橋 正二郎氏の決断
久留米大学旭町キャンパスは、ブリヂストン久留米工場から程近い場所にあります。正門正面にある本館は、国の登録有形文化財に登録された歴史的な建造物で、1929年に石橋 正二郎氏とその兄・石橋 徳次郎氏が経営する日本足袋株式会社※1から寄贈されたものです。
久留米大学の始まりには、深刻な医師不足という社会課題がありました。当時、西日本では都市部への医師偏在が進み、14市町村が無医村となるおそれがあるなど、地域医療は危機的な状況にありました。そこで福岡県医師会主導による医学専門学校の新設構想が浮上し、久留米市は新たな医学専門学校の誘致に名乗りを上げますが、同じく最終候補地として残った福岡市の方が圧倒的に有利と見られていました。
そうした状況のなかで、久留米への誘致を大きく後押ししたのが石橋 正二郎氏と徳次郎氏でした。市の要請を受けた石橋兄弟は、土地と校舎を用意され、学校設立を支えることを約束されたのです。この決断が久留米市への誘致を成功させ、1928年の九州医学専門学校※2設立へとつながったのです。
この支援の根底にあったのは、石橋文化センターの正門壁面にも刻まれている「世の人々の楽しみと幸福(しあわせ)の為に」という信念だと思っています。地域の人々が健やかに、安心して暮らしていくためには、医療の充実が欠かせない。そうした思いが、この地に学びの場を生み出したのだと感じています。
※1 1918年6月設立。当時地下足袋・ゴム靴を製造販売していた
※2 久留米大学の前身。大学昇格に伴い1950年2月から久留米大学となった
久留米大学の始まりには、深刻な医師不足という社会課題がありました。当時、西日本では都市部への医師偏在が進み、14市町村が無医村となるおそれがあるなど、地域医療は危機的な状況にありました。そこで福岡県医師会主導による医学専門学校の新設構想が浮上し、久留米市は新たな医学専門学校の誘致に名乗りを上げますが、同じく最終候補地として残った福岡市の方が圧倒的に有利と見られていました。
そうした状況のなかで、久留米への誘致を大きく後押ししたのが石橋 正二郎氏と徳次郎氏でした。市の要請を受けた石橋兄弟は、土地と校舎を用意され、学校設立を支えることを約束されたのです。この決断が久留米市への誘致を成功させ、1928年の九州医学専門学校※2設立へとつながったのです。
この支援の根底にあったのは、石橋文化センターの正門壁面にも刻まれている「世の人々の楽しみと幸福(しあわせ)の為に」という信念だと思っています。地域の人々が健やかに、安心して暮らしていくためには、医療の充実が欠かせない。そうした思いが、この地に学びの場を生み出したのだと感じています。
※1 1918年6月設立。当時地下足袋・ゴム靴を製造販売していた
※2 久留米大学の前身。大学昇格に伴い1950年2月から久留米大学となった
半世紀にわたり 大学の発展を支え続ける
本学設立後、石橋 正二郎氏は副理事長、理事長、さらに顧問として、半世紀近くにわたって本学の経営に深く関わってくださいました※3。経営面での支援はもちろん、教育・研究環境の整備にも尽力され、本学を見守り続けてくださったのです。特に忘れてはならないのが、1953年の筑後川大水害です。
近隣の堤防が決壊したことで本学も大きな被害を受け、一時は廃校の危機にも直面するほどの被害を受けました。ですが、当時理事長であった石橋 正二郎氏は大学再建のために多額の復興費を拠出され、大学は再出発を果たすことができました。危機的な状況でも未来の人材育成を諦めなかった、その強い責任感と先見性のおかげで、私たちは今も学び続けることができています。
また石橋 正二郎氏は、医学分野だけでなく、商学部の新設や附設高等学校の立ち上げなどにも尽力され、久留米大学が総合大学として発展していく基礎を築かれました。地域や社会の未来を見据え、そこで学ぶ若者たちの可能性広げようとされたのだと思います。そうした思いは、今も本学の運営の根幹に息づいています。
※3 1930年~1945年:副理事長、1951年~1969年:理事長、1969年~1976年:顧問
近隣の堤防が決壊したことで本学も大きな被害を受け、一時は廃校の危機にも直面するほどの被害を受けました。ですが、当時理事長であった石橋 正二郎氏は大学再建のために多額の復興費を拠出され、大学は再出発を果たすことができました。危機的な状況でも未来の人材育成を諦めなかった、その強い責任感と先見性のおかげで、私たちは今も学び続けることができています。
また石橋 正二郎氏は、医学分野だけでなく、商学部の新設や附設高等学校の立ち上げなどにも尽力され、久留米大学が総合大学として発展していく基礎を築かれました。地域や社会の未来を見据え、そこで学ぶ若者たちの可能性広げようとされたのだと思います。そうした思いは、今も本学の運営の根幹に息づいています。
※3 1930年~1945年:副理事長、1951年~1969年:理事長、1969年~1976年:顧問
「仁」の心が、 久留米を医者の街へと発展させた
本学の建学の精神である「国手の矜持(ほこり)は常に仁なり」は、前身である九州医学専門学校の校歌(北原 白秋作詞)の一節に由来します。己を律し、他者を思いやり、社会に貢献する――その「仁」の心は、石橋 正二郎氏が大切にされてきた考えとも深く響き合うものであり、本学の原点でもあります。
この精神のもと、地域医療を支える実践的人材を育て続けてきました。また、本学出身の医師による病院・診療所の経営者数は日本一を誇り※4、卒業生たちは地域の各所で活躍しながら、久留米の医療を支える大きな力となっています。
久留米の街には、こうした精神を映す「恩送り」の文化が根付いています。かつては、街で本学の学生を見かけた先輩医師が声を掛け、励まし、食事をごちそうするような光景も珍しくありませんでした。私自身も学生時代、地元の先輩医師の方々に親身に支えていただいた経験があります。「久留米大学の学生たちを、自分たちが育てる」。そんな思いが、この街に今も息づいているのです。
そうして支えられて育った学生たちが、今度は地域に恩を返そうとする。その連鎖が、久留米大学と地域医療を支える力になってきました。大学、医師会、関連病院、行政、市民が強く結び付き、互いに支え合う土壌があるからこそ、久留米は医者の街として発展してきたのだと思います。石橋 正二郎氏がこの地にまいた種は、時を越えて人を育て、地域を支える文化へと育っています。
※4 2014年帝国データバンク調べ
この精神のもと、地域医療を支える実践的人材を育て続けてきました。また、本学出身の医師による病院・診療所の経営者数は日本一を誇り※4、卒業生たちは地域の各所で活躍しながら、久留米の医療を支える大きな力となっています。
久留米の街には、こうした精神を映す「恩送り」の文化が根付いています。かつては、街で本学の学生を見かけた先輩医師が声を掛け、励まし、食事をごちそうするような光景も珍しくありませんでした。私自身も学生時代、地元の先輩医師の方々に親身に支えていただいた経験があります。「久留米大学の学生たちを、自分たちが育てる」。そんな思いが、この街に今も息づいているのです。
そうして支えられて育った学生たちが、今度は地域に恩を返そうとする。その連鎖が、久留米大学と地域医療を支える力になってきました。大学、医師会、関連病院、行政、市民が強く結び付き、互いに支え合う土壌があるからこそ、久留米は医者の街として発展してきたのだと思います。石橋 正二郎氏がこの地にまいた種は、時を越えて人を育て、地域を支える文化へと育っています。
※4 2014年帝国データバンク調べ
創立100周年の先へ。 創業者の志を次代につなぐ
そして今、本学は2028年に迎える創立100周年に向けて「原点回帰」を掲げています。設立当時の感謝の思いを忘れず、社会に貢献できる人材を育てていく——その決意を、改めて形にしていこうとしています。スローガンには「志は時を越えて。」を掲げ、国際的な視野と高い研究意識を備えた実践的人材の育成を目指しています。
教育の在り方も、時代に合わせて進化させています。新たな校舎整備や学部改編を進めながら、多職種が連携して学べる環境づくりにも力を入れています。医療の場が病院の中だけで完結しない時代において、医師や看護師、臨床検査技師だけでなく、心理、福祉など多様な専門性がつながり合うことはますます重要になっています。本学は総合大学としての強みを活かし、人間力を備えた人材を育てていきたいと考えています。
石橋 正二郎氏もまた、常に原点を見つめながら、次世代のために何ができるかを考え続けた方でした。本学はその遺徳を受け継ぎ、創立100 周年を次の未来への出発点にしていきます。ブリヂストンの皆さんにとっても、創業者が久留米の地に残したこの志が、改めて自社の原点を見つめるきっかけになればうれしく思います。
教育の在り方も、時代に合わせて進化させています。新たな校舎整備や学部改編を進めながら、多職種が連携して学べる環境づくりにも力を入れています。医療の場が病院の中だけで完結しない時代において、医師や看護師、臨床検査技師だけでなく、心理、福祉など多様な専門性がつながり合うことはますます重要になっています。本学は総合大学としての強みを活かし、人間力を備えた人材を育てていきたいと考えています。
石橋 正二郎氏もまた、常に原点を見つめながら、次世代のために何ができるかを考え続けた方でした。本学はその遺徳を受け継ぎ、創立100 周年を次の未来への出発点にしていきます。ブリヂストンの皆さんにとっても、創業者が久留米の地に残したこの志が、改めて自社の原点を見つめるきっかけになればうれしく思います。
次代を担う学生たちに息づく「仁」の心
創業者石橋 正二郎が久留米の地に託した思いは、今もこの学び舎で脈々と受け継がれています。現在医学部医学科で学ぶ關 竹道さんと、文学部心理学科で学ぶ倉富 菜々海さんに、日々の学び、そして将来の志について伺いました。
地域に寄り添う医師を目指して 久留米で受け継ぐ「助け合い」の精神
医学部医学科4年生
關(せき) 竹道さん
人と人とのつながりが息づく、久留米大学の学び
私は現在、医学部医学科の4年生として学びながら、「スチューデントドクター」として大学病院で実際の臨床現場にも触れています。父で4代目となる医師の家系に育ち、幼い頃から医療はとても身近な存在でした。久留米大学には特別な縁があり、祖父と父は本学の医学部、母は看護学科の出身です。両親も本学で出会っており、私にとって久留米大学は昔から自然と意識する存在でした。
入学前から度々耳にしていたのが、「久留米大学は人と人とのつながりが強い」ということです。先輩・後輩の関係はもちろん、同級生同士の結び付きも強く、卒業後もその関係が続いていくと聞きます。実際、父の同級生が我が家に集まり、にぎやかに過ごす姿を見て育ったこともあり、その絆の深さを身近に感じていました。入学後は、そうした温かな雰囲気を私自身も実感しています。父の同級生である先生にごあいさつした際には、「關くんの息子さんだね」と声を掛けていただき、久留米大学ならではのつながりの強さを改めて感じました。所属している剣道部のOB会などで先輩方のお話を伺う機会も多く、長い歴史の中で築かれてきたネットワークの広さと深さは、本学の大きな魅力だと思います。
思いやりを受け継ぎ、地域に根差す医師へ
また、本学の建学の精神である「国手の矜持(ほこり)は常に仁なり」という言葉には、自分よりも他者を思い、相手のために力を尽くすという教えが込められていると、日々実感しています。そして、その精神は理念として掲げられているだけでなく、学生生活の中にも自然と根付いていると思います。そう感じたきっかけのひとつが、1年生の時に経験した「協同学習」です。1つの課題に1人で向き合うのではなく、仲間と助け合いながら考え、解決していく——そうした姿勢を早い
段階で学べたことは、今の自分に大きく影響していると思います。試験前には同級生同士で資料を共有し合い、一緒に勉強することも珍しくありません。こうした助け合いの空気が、久留米大学にはしっかりと息づいています。
私が目指しているのは、地域に根差し、患者さん一人ひとりの立場に立って考えられる医師です。理想の医師像として思い浮かぶのは、父の姿です。父は病気だけを診るのではなく、患者さんの生活背景やご家族のことまで考えながら診療に当たっており、地域の方々から深く信頼されています。そうした姿を見て育ってきたからこそ、私も久留米大学で受け継がれてきた思いやりの心を大切にしながら、地域医療に貢献できる医師を目指していきたいと思います。
私は現在、医学部医学科の4年生として学びながら、「スチューデントドクター」として大学病院で実際の臨床現場にも触れています。父で4代目となる医師の家系に育ち、幼い頃から医療はとても身近な存在でした。久留米大学には特別な縁があり、祖父と父は本学の医学部、母は看護学科の出身です。両親も本学で出会っており、私にとって久留米大学は昔から自然と意識する存在でした。
入学前から度々耳にしていたのが、「久留米大学は人と人とのつながりが強い」ということです。先輩・後輩の関係はもちろん、同級生同士の結び付きも強く、卒業後もその関係が続いていくと聞きます。実際、父の同級生が我が家に集まり、にぎやかに過ごす姿を見て育ったこともあり、その絆の深さを身近に感じていました。入学後は、そうした温かな雰囲気を私自身も実感しています。父の同級生である先生にごあいさつした際には、「關くんの息子さんだね」と声を掛けていただき、久留米大学ならではのつながりの強さを改めて感じました。所属している剣道部のOB会などで先輩方のお話を伺う機会も多く、長い歴史の中で築かれてきたネットワークの広さと深さは、本学の大きな魅力だと思います。
思いやりを受け継ぎ、地域に根差す医師へ
また、本学の建学の精神である「国手の矜持(ほこり)は常に仁なり」という言葉には、自分よりも他者を思い、相手のために力を尽くすという教えが込められていると、日々実感しています。そして、その精神は理念として掲げられているだけでなく、学生生活の中にも自然と根付いていると思います。そう感じたきっかけのひとつが、1年生の時に経験した「協同学習」です。1つの課題に1人で向き合うのではなく、仲間と助け合いながら考え、解決していく——そうした姿勢を早い
段階で学べたことは、今の自分に大きく影響していると思います。試験前には同級生同士で資料を共有し合い、一緒に勉強することも珍しくありません。こうした助け合いの空気が、久留米大学にはしっかりと息づいています。
私が目指しているのは、地域に根差し、患者さん一人ひとりの立場に立って考えられる医師です。理想の医師像として思い浮かぶのは、父の姿です。父は病気だけを診るのではなく、患者さんの生活背景やご家族のことまで考えながら診療に当たっており、地域の方々から深く信頼されています。そうした姿を見て育ってきたからこそ、私も久留米大学で受け継がれてきた思いやりの心を大切にしながら、地域医療に貢献できる医師を目指していきたいと思います。
「心に寄り添う力を磨きたい」 久留米大学で深める心理学の学び
文学部心理学科3年生
倉富 菜々海さん
「支えたい」という思いを、学びの力に変えていく
私が心理学を志した原点には、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた親友の存在があります。中学生になった頃、その友人が学校に通えなくなってしまい、何も力になれない自分の無力さを感じました。その経験が、困難を抱える方々を支えることのできる力を身に付けたいと思うきっかけになりました。
久留米大学を選んだ大きな理由は、大学院が併設されていることです。心理学をより深く学び、公認心理師を目指していく上で、4年間の学びの先も見据えながら、自分に合った環境で力を伸ばしていきたいと考えました。また、心理学は1人だけでは深めきれない学問でもあると思います。だからこそ、信頼できる先生方や仲間と出会い、同じ環境の中で学びを積み重ねていきたいと考えています。
一人ひとりに向き合う環境が、将来の志を育てる
本学の先生方は、学生一人ひとりをとてもよく見てくださっています。実際、友人が進級に悩んでいた時期にも、先生方は親身に相談に乗り一緒に考えてくださいました。学生任せにするのではなく、「一緒に学ぼう」「一緒に卒業しよう」という姿勢で向き合ってくださることに、大きな安心感を覚えました。
また、先生方と学生の距離が近いことも、本学の魅力のひとつです。こうした環境で学ぶなかで、私も建学の精神のように「仁」の心で「困っている人の心に寄り添える存在になりたい」という思いがより強くなっています。大学卒業後は、大学院に進学して公認心理師の資格を取得することを目指しています。そして将来は、スクールカウンセラーや少年院、児童養護施設、児童相談所などで、子どもたちの心を守る仕事に携わりたいと考えています。久留米大学で学んだ、相手に寄り添い、共に歩もうとする姿勢を大切にしながら、社会に貢献していきたいです。
私が心理学を志した原点には、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた親友の存在があります。中学生になった頃、その友人が学校に通えなくなってしまい、何も力になれない自分の無力さを感じました。その経験が、困難を抱える方々を支えることのできる力を身に付けたいと思うきっかけになりました。
久留米大学を選んだ大きな理由は、大学院が併設されていることです。心理学をより深く学び、公認心理師を目指していく上で、4年間の学びの先も見据えながら、自分に合った環境で力を伸ばしていきたいと考えました。また、心理学は1人だけでは深めきれない学問でもあると思います。だからこそ、信頼できる先生方や仲間と出会い、同じ環境の中で学びを積み重ねていきたいと考えています。
一人ひとりに向き合う環境が、将来の志を育てる
本学の先生方は、学生一人ひとりをとてもよく見てくださっています。実際、友人が進級に悩んでいた時期にも、先生方は親身に相談に乗り一緒に考えてくださいました。学生任せにするのではなく、「一緒に学ぼう」「一緒に卒業しよう」という姿勢で向き合ってくださることに、大きな安心感を覚えました。
また、先生方と学生の距離が近いことも、本学の魅力のひとつです。こうした環境で学ぶなかで、私も建学の精神のように「仁」の心で「困っている人の心に寄り添える存在になりたい」という思いがより強くなっています。大学卒業後は、大学院に進学して公認心理師の資格を取得することを目指しています。そして将来は、スクールカウンセラーや少年院、児童養護施設、児童相談所などで、子どもたちの心を守る仕事に携わりたいと考えています。久留米大学で学んだ、相手に寄り添い、共に歩もうとする姿勢を大切にしながら、社会に貢献していきたいです。
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尚、投稿者につきましては、管理者でも特定できない仕様になっております。