苦悩、歓声…何度も壁を乗り越えて。つくりあげた人工尾びれと深い絆 前編
「もう一度、仲間と泳ぐ楽しさを思い出して――」。そんな熱い思いが、一頭のイルカの一生を大きく変えた。2022年12月、ブリヂストンは一般財団法人沖縄美ら島財団(以下、美ら島財団)とタッグを組み、一度は失ったイルカの尾びれを人工的に再現することに成功した。1年以上にもわたるプロジェクトにおいて、人工尾びれの開発に尽力したのは、5人のメンバーだ。

(株)ブリヂストン
事業開発戦略企画部
事業開発戦略企画課 課長
梅山 裕史さん
プロジェクト開発統括

(株)ブリヂストン
デジタルツイン開発第1部
デジタルツイン開発第2課
山元 一史さん
構造設計・
シミュレーション担当

(株)ブリヂストン
ソフトロボティクス事業開発推進部
ソフトロボティクス
事業開発第2推進課
中北 行紀さん
ソケット※材料設計担当
※イルカの尾と人工尾びれの
接合装具

(株)ブリヂストン
次世代配合開発第3部
ケース配合第3課
栃木 和真さん
尾びれ材料設計担当

(株)ブリヂストン
関工場
技術課
香川 太平さん
試作・生産技術担当
※所属部署は取材時の2023年3月当時のもの
美ら島財団からSOSが要請されたのは、2021年の夏のことだ。美ら島財団が管理運営する沖縄美ら海水族館(以下、美ら海水族館)で飼育されているミナミバンドウイルカのメス「サミ」が、尾びれ損傷による感染症にかかり、尾びれが壊死。一部切除を余儀なくされたのだ。ミナミバンドウイルカは国内では美ら海水族館でしか飼育されておらず、しかもサミは国内で初めて繁殖に成功した貴重な個体。数多くのイルカショーの舞台に立ってきた水族館の人気者だ。治療と並行してリハビリに取り組んだものの、かつて見せてくれたようなはつらつとした泳ぎからは程遠い姿となっていた。
「どうしたらサミを元気な姿に戻せるだろうか?――」。美ら島財団が思い浮かべたのは、ブリヂストンとの協働だった。ブリヂストンは過去にも、イルカのための人工尾びれを開発した実績がある。2021年から遡ること17年、2004年当時、美ら海水族館で飼育され、感染症で尾びれを失ったバンドウイルカ「フジ」のため、世界初となるイルカ専用の人工尾びれを開発した。再び泳げるようになったフジの物語は社会的にも大きな注目を浴び、美ら島財団とブリヂストン、両者の間には熱い絆が生まれていた。
「このままでは、サミがイルカとしての社会性を失ってしまいます――」。附属動物病院の植田 啓一院長が思いをしたため、ブリヂストンに送った1通のメールから「サミ人工尾びれ開発プロジェクト」が動き出した。
「どうしたらサミを元気な姿に戻せるだろうか?――」。美ら島財団が思い浮かべたのは、ブリヂストンとの協働だった。ブリヂストンは過去にも、イルカのための人工尾びれを開発した実績がある。2021年から遡ること17年、2004年当時、美ら海水族館で飼育され、感染症で尾びれを失ったバンドウイルカ「フジ」のため、世界初となるイルカ専用の人工尾びれを開発した。再び泳げるようになったフジの物語は社会的にも大きな注目を浴び、美ら島財団とブリヂストン、両者の間には熱い絆が生まれていた。
「このままでは、サミがイルカとしての社会性を失ってしまいます――」。附属動物病院の植田 啓一院長が思いをしたため、ブリヂストンに送った1通のメールから「サミ人工尾びれ開発プロジェクト」が動き出した。
「開発統括として、プロジェクトを引っ張ってくれないか」。2021年10月、梅山さんのもとへ、(株)ブリヂストン R&D改革推進部長の松尾さんからメールが届いた。「メールを読んだ時は一瞬頭が真っ白になりました」と苦笑する。「これまでは化工品事業での開発や販売、企画業務などに従事してきましたが、イルカや人工尾びれに関する知識・ノウハウはゼロ。でも、かつてブリヂストンがフジのために世界初の人工尾びれを開発したと聞いた時、社員としてとても誇らしく感じたことを思い出したんです。同時に三つの「Reborn(生まれ変わる)」を成し遂げたいと志を持ちました。一つ目は、尾びれを損傷したサミを生まれ変わらせること。二つ目は、自分が入社して以来携わってきた事業含む、大きな組織変更があったなかで、後ろ向きな気持ちになっていた僕自身を生まれ変わらせること。三つ目は、プロジェクトの成功と、人工尾びれによって元気に泳げるようになったサミの様子を伝えることで、従業員を含むステークホルダーを勇気づけて生まれ変わらせるきっかけとすること。『チャレンジさせてください』と二つ返事で承諾しました」。その後、梅山さんの返事から2時間も経たないうちに、(株)ブリヂストン 技術・品質経営分掌などに所属する約2200人の従業員に向け、人工尾びれ開発メンバーを公募する旨のメールが送られた。
メールを読んで即座に手を挙げた者。オンライン説明会に参加して美ら島財団の思いに共感した者――。通常業務との兼務にもかかわらず、熱い想いを持ったメンバーが次々と集まった。こうして異なる部署、さまざまなバックグラウンドを持つ5名が、未知の領域へと船を漕ぎ出した。
美ら島財団と議論しながら定めたプロジェクトのゴールは、“人工尾びれを装着することでもう一度仲間と泳ぐ楽しさを感じてもらい、社会性を回復させること”。開発は2段階のフェーズに分けて進め、第1フェーズでは社会性回復の第一歩として「健常なイルカと2時間遊泳できるようになること」を掲げた。
開発チーム発足から2週間後の2021年11月、美ら海水族館へ足を運んだメンバーたちは、トレーナーや獣医たちに案内され、水族館裏にある人目につかないプールへ。そこには、ただ一頭、端っこでぽつんと浮かぶサミの姿があった。中北さんは「胸を締め付けられる思いでした。開発には一刻の猶予もないと現場に来て痛感しましたね」と振り返る。
開発チーム発足から2週間後の2021年11月、美ら海水族館へ足を運んだメンバーたちは、トレーナーや獣医たちに案内され、水族館裏にある人目につかないプールへ。そこには、ただ一頭、端っこでぽつんと浮かぶサミの姿があった。中北さんは「胸を締め付けられる思いでした。開発には一刻の猶予もないと現場に来て痛感しましたね」と振り返る。
「健常なイルカと一緒のスピードで遊泳できないサミ。他のイルカと一緒のプールに入れてしまうと、双方にとってストレスが生まれ、サミがいじめられたり、最悪の場合、双方が自傷行為に走ったりする危険性がありました。しかしこのまま彼女が一人ぼっちの寂しい時間が続けば、群れに戻ることが難しくなってしまいます。更に、尾びれの大半を失ったため運動量が著しく低下し、健康面の問題が浮上していることもわかったんです」。通常、イルカはドルフィンキック、つまり尾びれを縦に振って泳ぐ生き物。しかしサミは尾びれだけでは推進力が足りず、うなぎのように体全体を捻ることでなんとか泳いでいた。このまま無理な泳ぎ方を続けていては、体の他の部分に負担がかかり、生命の危険につながる恐れがあったのだ。
メンバーは残っている尾びれの形や損傷状態を正確に知ることから着手した。美ら島財団や附属動物病院と協働し、クレーンでサミの体を持ち上げ、CT装置を使ってスキャンデータを撮影。すると、骨折に加え腱の一部が断絶しており、尾びれが約30°反り上がっていることがわかった。尾びれだけでなく、付け根を保護できるソケットも必要になる。トレーナーや獣医から入念なヒアリングも実施。推進力を生み出しながらも損傷部を保護する必要があることが分かった。サミに負担の少ないように軽量であること、本物の尾びれのように柔軟で、かつ、ある程度剛性を持つことなど、当初の想定よりもはるかに多くのハードルがメンバーの前に立ちはだかった。
メンバーは残っている尾びれの形や損傷状態を正確に知ることから着手した。美ら島財団や附属動物病院と協働し、クレーンでサミの体を持ち上げ、CT装置を使ってスキャンデータを撮影。すると、骨折に加え腱の一部が断絶しており、尾びれが約30°反り上がっていることがわかった。尾びれだけでなく、付け根を保護できるソケットも必要になる。トレーナーや獣医から入念なヒアリングも実施。推進力を生み出しながらも損傷部を保護する必要があることが分かった。サミに負担の少ないように軽量であること、本物の尾びれのように柔軟で、かつ、ある程度剛性を持つことなど、当初の想定よりもはるかに多くのハードルがメンバーの前に立ちはだかった。
視察を終えたメンバーはホテルのロビーに集まり、頭を悩ませた。サミに必要なのは、残った尾びれを保護するソケット、ソケットの内部に敷くクッション材、人工尾びれとソケットをつなぐ板バネ、人工尾びれの4つのパーツが一つになったもの。過去、ブリヂストンが開発した人工尾びれとは異なる、より高度なものだ。メンバー全員で写真を見返したり、スケッチをしたりしてイメージを膨らませながら、ディスカッションを重ね、パーツの方向性を固めていった。「尾びれを保護するソケットを作るのはもちろん初めて。どうすればサミの体や泳ぎに影響が出にくい形にできるか、検討は白熱しましたよ。2004年にフジの人工尾びれを開発した前任者の方からもご意見をいただきながら、尾びれを上下から挟み込んでネジで固定する形でソケットを開発していくこととなりました」と香川さんは語る。
ソケットと板バネに使用するのは、軽量・高強度の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を選定した。しかし、サミに合わせた装具に変形・加工するために約3カ月かかる。何度も仕様を調整する猶予はない。中北さんはガムテープと新聞紙でいくつもモックアップを作成し、どのようなものであればサミへの負担を軽減し、理想の泳ぎを引き出せるか、イメージを具現化しながら形状の確定を急いだ。更に山元さんは尾びれのCTスキャンデータを参考にCADデータで仕様を3D化。「これまでは化工品やタイヤのシミュレーション開発をしてきたのですが、こんなに複雑な立体データは初めてで、勉強しながら実践する日々でした。またコロナ禍ということもあり、全員が対面で集まる機会はほぼありませんでした。ただ、それを逆手にとって、チャットやオンライン会議で全員参加のミーティングを毎週実施し、CADデータも共有しながら議論できたので、プロジェクトを遅れることなく進められたんです」。骨折位置よりも2つ先にある脊椎骨から保護できるソケットを設計し、中に敷くクッション材も尾びれに密着する仕様に。シリコンゲルや発泡ゴムなど、柔らかくてフィットする素材も採用することに決まった。
この間、尾びれ部分の材料設計を進めていたのは、普段はタイヤのゴム材料の配合設計を担当する栃木さん。「少ない力でもしっかりと推進力が発揮できる。これは低燃費タイヤの発想と似ています。リサイクルカーボンブラックやグアユールを配合することでブリヂストンのサステナビリティ材料を活かしつつも、サミの体に影響がないように、ゴム材料の配合設計はできるだけシンプルにしました」。こうして、2022年4月にはプロトタイプを用いた1回目の装着テストを実施した。しかし、初めて人工尾びれを装着したサミは戸惑ってしまい、残念ながらイルカ本来の泳ぎを見せなかった。
人工尾びれの改善が進められるのと並行して、トレーナーによる遊泳訓練を受けていたサミ。2022年6月にはドルフィンキックをする様子が見られ、美ら海水族館では歓声があがった。
そうして2022年7月には試作品の2回目の装着テストが行われた。サミはプロトタイプを嫌がらずに装着し、ジャンプにも挑戦。また装着した状態で健常なイルカと同じプールで4時間半一緒に過ごせたことから、第1フェーズは当初の想定よりも1カ月早く達成することができた。
後編へ続きます。
そうして2022年7月には試作品の2回目の装着テストが行われた。サミはプロトタイプを嫌がらずに装着し、ジャンプにも挑戦。また装着した状態で健常なイルカと同じプールで4時間半一緒に過ごせたことから、第1フェーズは当初の想定よりも1カ月早く達成することができた。
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