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苦悩、歓声…何度も壁を乗り越えて。つくりあげた人工尾びれと深い絆 後編

「もう一度、仲間と泳ぐ楽しさを思い出して――」。そんな熱い思いが、一頭のイルカの一生を大きく変えた。2022年12月、ブリヂストンは一般財団法人沖縄美ら島財団(以下、美ら島財団)とタッグを組み、一度は失ったイルカの尾びれを人工的に再現することに成功した。1年以上にもわたるプロジェクトにおいて、人工尾びれの開発に尽力したのは、5人のメンバーだ。
「プロジェクトのゴールである『社会性の回復』を科学的・生物学的なアプローチで定量値として目標設定したらどうか?――」執行役専務Global CTOの坂野さんから助言を受けた。「頭では理解するものの、なかなか難しいテーマだった」と梅山さんは語る。「仲間との社会性を回復するという視点から、美ら島財団と協議し、行動目標を『健常なイルカと並泳すること』に決めました。また、定量的に遊泳能力が回復したことを示す手法は論文を読み漁って勉強。『バイオロギング調査』に行き着きました。これは体に小型のセンサーを取り付けて水中での速度や加速度、尾びれを振る回数を計測、遊泳能力を数値的に示すものでした。人工尾びれを装着する前の数値と健常なイルカの数値を比較し、並泳するために必要な定量目標値を設定できました」。目標の具体化によってメンバーの心持ちも更に高まっていった。しかし、続く装着テストでメンバーは大きな問題に直面することになる。
「バキッ」。プールにくぐもった音が響いた。装着テスト中、人工尾びれ内の板バネが真っ二つに割れてしまったのだ。航空機にも使用される炭素繊維強化プラスチック素材でも強度が不足するとは――。立ち会っていた栃木さんと香川さんは肩を落とし、プールの底に沈んだパーツを眺めた。「僕らが試作に取り組んでいる間、サミはドルフィンキックのリハビリに取り組んでいたそうです。予想以上の筋力の回復はうれしい誤算でしたが、正直どうしようと思いました。でもそのすぐ後にびっくりするようなことが起きたんです」。なんと、サミがプールの底に落ちたパーツをくわえ、2人の元に持ってきてくれたのだ。「後でトレーナーさんにも聞いたんですが、本当に嫌いなものだったらくわえて持ってきたりはしないそうです。人工尾びれのことを、そして僕たちのことを信頼してくれているんだって胸が熱くなりました」。彼女の頑張りに応えたい。2人を中心にメンバーで板バネの故障解析はじめ、構造や厚みの再検討、素材の調整に一層熱がこもった。

もう一つ、トラブルがあった。装着テストの最中にソケットのエッジ部分で、サミの体に擦過傷がついてしまったのだ。再び感染症を引き起こすわけにはいかない。そこで、障がい者やチームブリヂストンに所属するパラアスリートの義肢装具を開発・製造している(有)アイムスに協力を要請。装具に可動域をつけることやエッジに丸みをつけることなど、形状のアドバイスをいただくことで、この問題をクリアした。

健常だった頃のサミの尾びれのCTスキャンデータを基に金型を製作。サミオリジナルの人工尾びれの最終品ができ上がる頃には、メンバーのなかでサミは壁を乗り越え多くの人に勇気を与える“パラアスリート”のような存在になっていた。

アイムス社が手掛ける多くの義肢装具。これらからメンバーはソケット形状のヒントを得た

2022年12月に迎えた最終装着テスト。4日間連続での着用の負荷も全く気にせず、サミは人工尾びれを「自分の尾びれ」のように受け入れ、プールを楽しげに駆け巡った。トレーナーや獣医も驚くほどの良い反応だった。遊泳能力の数値でも回復を実証することができ、メンバーはプロジェクトのゴールが見えてきたことに胸を撫で下ろした。

ドラマはそれだけでは終わらなかった。最終装着テストの終了間際のことだ。

「ちょっと、みんな見てくださいよ!」
中北さんの声でメンバーがサミの様子を見に駆け寄ると、そこには他のイルカの体を胸ビレで触りながら一緒に泳ぐサミの姿が。これは「ラビング」という仲間とのふれあい行動の一種で、サミがイルカとしての社会性を取り戻し始めた確かな証だった。ラビングする様子を目撃したのは奇しくも人工尾びれ開発メンバー5名のみ。「まるで僕らに感謝を伝えようと見せてくれたみたいだね……」。メンバーは涙ぐみ、喜びを分かち合った。

美ら島財団のトレーナー、獣医らにも録画したラビングの様子を見せたところ、驚きと感動の声があがった。遊泳能力だけでなく社会性の回復まで確認できたことに、プロジェクト立ち上げの発端となったメールを送った植田院長からは「ブリヂストンさんと組んで心から良かったです」と感謝の声。お互いの技術や知見を持ち寄り、何度も高い壁に挑んだ”共創”が、結実した瞬間だった。
激動の1年間を駆け抜けたメンバーたち。山元さんは「道のりは長かったですが、振り返るとあっという間でした。実は私はプロジェクトの途中で1カ月半の間、育休を取得したんです。短期間のプロジェクト中に穴をあける不安はありましたがメンバーの皆さんがあたたかく送り出してくれましたし、休職中に美ら島財団の方々と一緒にサミが前向きにトレーニングに励み、劇的に泳ぎが変化したことを休職明けに知り、うれしかったです」と目を細める。中北さんも「通常業務との兼務であるため、本当にやり切れるのか不安に思う時もありましたが、部署の皆さんに仕事量を調整いただいたり、定期的に梅山さんと面談して毎月の作業時間をチェックしたりと、一人で背負い込まない環境だったこともやり遂げられた大きな要因だったと思います」と話した。
栃木さんと香川さんは2018年同期入社の間柄。「若手のうちから大きなプロジェクトに参加できたことはとても貴重な経験でした。これまでにないものを生み出す楽しさや、自分の意思を相手にしっかりと伝える大切さを学びました。このプロジェクトに参加できたことは、今後の僕らにとって大きな糧になります」。

開発統括を担った梅山さんは、プロジェクトをこう振り返る。「プロジェクト発足時、私と中北さん、栃木さんは小平の技術センター、山元さんと香川さんは横浜の化工品技術センターの所属でした。二つの技術センターによる社内共創に加え、ブリヂストンと美ら島財団による社外共創、そして『サミを救うんだ』という強い『想い』を社内外のメンバーで共有できたことで、サミへの価値提供が実現できたと思います。また、コロナ禍という難しい環境下で苦楽を共にすることでメンバーの絆も深まり、それぞれの個性や強みを発揮した結果、期待以上のアウトプットにつながりました。ブリヂストンにはさまざまなバックグラウンドを持ち、異なる立場や持ち場にいる仲間が力を合わせ、困難に立ち向かい、突破する力がある。このプロジェクトを通じてそれを証明できたと信じています。また、開発統括として指名された時に心に誓った「Reborn」のうち、二つを叶えることができたので、残りの一つの達成に向け、これからもこのプロジェクトのことを伝えていきたいと思います」。

新しい翼を手に入れたサミ。今後も人工尾びれを用いたトレーニングを継続し、再び仲間とともにショーの舞台に立つことを関わった人々は夢見ている。プロジェクトチームの活動は一つの節目を迎えたが、サミの成長や状況に合わせてアフターサポートをしていく予定だ。

それぞれの新たな夢、新たな日々に向けて、サミもメンバーも泳ぎ出したばかりだ。
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